平成15年7月(2003−7)
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「世のため、人のため」
経 彦 さ ま 伝
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しかし、近くに住んでいる仏教徒は騒然となりました。
(あるいは、いずれ…)
という気持ちもないではなかったでしょうが、いざ神理教の仮教場建設が現実のものとなると、その影響の大きさに愕然とするのでした。
いまでさえ経彦の烈々たる布教によって、仏教勢力は窮地に立たされています。じり貧なのです。しかもキリスト教は、日増しにその勢力を増しています。仮教場とはいえ、これが完成すれば、仏教勢力の衰退は火を見るより明らかでした。
小倉近郊を檀家とする一条寺総代の岡部鶴八は、いろいろ考えたすえ、かねて顔見知りの与太者(不良、ならずもの)に相談を持ちかけることにしました。
疾風の源造です。
そしていま、源造は弟分の為吉をつれ、岡部の経営する旅館『玄海荘』にやってきたのです。
「要するに仮教場が建たなきゃいいんだろう。ぶっ潰せばいいじゃねえか」
床の間を背に立て膝をついて、源造はこともなげに言いました。
「じゃ、ひとつお願いできますか」
と、岡部が徳利の首をつまんでつぎながら、源造の顔をのぞきこみます。
「その代わり」
と、源造はグイと呑み干して、
「家を二軒ばかしもらおうか」
「いいでしょう」
「山と海に一軒ずつ」
「承知しました」
「見晴らしのいいところを頼むぜ」
ニヤリと笑った源造の頬で、百足のような刀傷が躍りました。
翌朝、源造は為吉をつれ、田川街道を南に下りました。日田は杉の産地として知られますが、そのなかの一軒、『杉商』を訪ねたのです。
「徳力の神理教の仮教場の材木は、おめえの店が売ったんだってな」
挨拶もせずに、いきなり源造が言いました。
「はい、さようですが、それがなにか…」
源造の身なりに、番頭がおっかなびっくりで答えます。
「代金はどうした?」
「はあ、あのう、いったいどういうご用むきで…」
「やっかましい!」
為吉が、こめかみに青筋を浮かせ、片肌を脱ぎました。
背中で入れ墨の昇り龍が躍ります。
「兄貴の質問に答えりゃいいんだ!」
この一喝で勝負は決まりました。
仮教場建設の材木は、『杉商』が神理教のさる信者に売ったもので、半金を材料の受け渡しのときに、残金は仮教場が完成した月末という約束でした。
「てェことは、まだ代(金)はすんじゃいないってことだな」
源造が念を押しました。
「はァ、しかし、それは出来上がった月末に…」
「残りの材料、オレが買った」
「エエッ!」
「代はすんでいないんだろう」
「そ、そうですが…」
「カネは小倉の『玄海荘』へ行ってもらいな。受取書を忘れるんじゃねぇぜ」
口をあんぐり開ける番頭に、
「長生きしたけりゃ、余計なことは言わないことだ」
と、ドスのきいたセリフを残して、源造たちは引き上げて行きました。
中止となった上棟式
仮教場は基礎工事が終わり、いよいよ明日は上棟式です。
建築現場に立つと、経彦は嬉しさよりも、天在諸神に課せられた使命の重さに身ぶるいするほどの緊張を覚えました。
「神に代わって誠を明らかにせよ」
十八神は経彦にそう告げました。
誠――すなわち古神道を明らかにして日本を、日本民族を正しき道に導けというお告げです。
無垢の民を導くのは簡単です。彼らの心は真っ白いカンバスのようなもので、そこに古神道の絵を描いて見せればいいからです。しかし、仏教や儒教、キリスト教といった異教にすでに染まった人間は、やっかいです。まずその色を落とすことから始めなければなりません。すんなりと落ちることはまれで、逆にこちらを説得して改宗させようとするでしょう。
(負けてはならん)
と、経彦は、上棟式を明日に控えた仮教場を見ながら自分に言い聞かせるのでした。
そして翌朝――。
上棟式は大騒ぎとなりました。
源造ら七、八人の与太者たちが乗り込んできたのです。
「なんだ、君たちは!」
信者の一人が立ち上がって怒鳴りました。
「なんだもヘチマもねえよ。
――おう」
と源造が配下たちに顎をしゃくると、彼らは材木を担いで次々に荷馬車に積み込み始めたのです。