平成14年8月(2002−8)
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「世のため、人のため」
経 彦 さ ま 伝
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「そんなバカなことが」
と、村の長老となった次郎吉が否定しましたが、
「じゃ、人魂の正体はなんです?」
と問われて返事に困りました。
「奉行所に届けたほうがいいかもしれんよ」
一人が言うと、
「なあに、異人(外人)の一人や二人、この俺が始末してくれよう」
林太郎が大きな体をゆすって勇ましく笑いました。
「わかった。とにかく確かめるのが先決じゃ」
という次郎吉の判断で、林太郎をはじめとする向こう見ずな青年五、六名が選ばれ、人魂の正体を確かめることになったのです。
夜ふけ。
木刀や鎌、鍬の柄などで武装した青年たちが墓地に向かいました。
みな無言です。
見送られて村を出るときは、
「異人など、この手でやっつけてやる」
「徳力の男衆は日本一だ」
と口々に強がりをいって高笑いしていたのに、いまは険しい顔をして黙々と歩いています。
勢いで引き受けたものの、
(本当に異人でもいたら、どうしよう)
と、内心は後悔しているのでしょう。お互いが先を譲るように、足どりも次第に重くなっていきました。
やがて前方に、雲間にかくれた月の薄明かりに、大小さまざまな墓石がシルエットになって見えてきました。
そのときです。
突然、墓石の前に赤い火が浮かびあがりました。
「出た!」
と青年たちは叫ぼうとして、言葉をのみました。
人の気配がします。
声もします。
眼をこらすと、なんと、
――経彦先生
でした。
母の墓の灯篭の火が消えないようにと、経彦が桐の葉で覆って拝んでいたのでした。
青年たちは驚き、安堵のため息をもらしながら、
「それにしても、経彦先生は……」
と、経彦の親孝行ぶりに感激するのでした。
新たな決意
人間に備わった本能の一つに、
――揺れ戻し
というのがあります。
バランスの感覚、と言ってもいいでしょう。
例えば失業してぶらぶら遊んでいると、そのうち、ふと
(このままでいいのだろうか)
と不安になります。
あるいは逆に堅実なサラリーマン人生を送っていても、なにかの拍子にふと、
(自分の人生は、このまま朽ち果ててしまうのだろうか)
と、不安になることがあります。
遊んでいてもコツコツ働いていても、幸福であっても不幸であっても、必ず現状に対して、「このままでいいのか」
という疑いが浮かぶ一瞬があります。
これが「揺れ」であり、その現状を否定し、そこから抜け出ようとする意志の働きが「戻し」なのです。そして、揺れて戻る、という振幅(揺れる幅)の大きい人生を、私たちは「波乱」と呼びます。
経彦にも、やがて「揺れ」の感情が芽生えてきます。
(自分は神より生を授かり、しかも神につかえ、世のためにつくすべき家に生まれたのではなかったか)
という思いがそれであり、両親の墓に詣でたときに不意におそってきたのでした。
自問して、答えはわかっています。このまま何もせずに過ごしていいわけがありませんでした。問題はこのあとです。すなわち、揺れてなお理想とする方向に向かって、「意志」という振り子が戻って行けるかどうか、です。現状に流されれば、ただの人でした。
経彦は揺れます。
(母をつつがなく送り、恩師もとむらい、もはやのちのちの心配はなくなったではないか。にもかかわらず、いまの私ときたら……。父も母も、そして西田先生も、きっとお嘆きになるに違いない)
そして天を仰ぎ、決意を次の一首にこめて、天地之祖神に誓いました。
「火にも入り水にも入らむ 世の中の人を助くる 道の為には」
最初はつぶやき、二度めは大きな声で叫びました。「揺れ」は原点に向かって、大きく「戻り」始めたのです。
翌慶応二年六月、幕府は再び長州征討を発令します。歴史の歯車を止めるために、運命をかけた大勝負に出たのでした。
天王山でした。