平成14年7月(2002−7)
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「世のため、人のため」
経 彦 さ ま 伝
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それから二週間後、朝起きてこない母親に胸騒ぎをおぼえ、部屋をのぞいてみると、母親は布団の中で眼を閉じて息絶えていました。まるでほほえんでいるような死に顔でした。父の死からちょうど十年。享年七十三歳は、不思議にも経彦の師である直養と同じ歳でした。
葬儀は村人、門人、そして経彦を神医とあがめる人々の参列で盛大に営まれました。直会では、母の思い出、父経勝の思い出を語り合い、飲むにつけ酔うにつけ、座は次第ににぎやかになっていきました。
経彦は座をそっと抜けると、ひとり暗い部屋の霊殿の前に座りました。
「私は、両親の晩年に生まれた男の子です」
経彦は低くつぶやきました。
お腹の中からしぼり出すような声でした。
「両親の深い愛情に包まれるようにして成長しました。海よりも深く、山よりも高き大恩がありながら、私は浜の真砂のひとつだに報いることができないでいました。
『樹静まらんと欲すれども風やまず、子養わんと欲すれども親待たず』――。まさに孝行したいときには親はありません。――そして」
言葉を切った経彦の眼に涙があふれていました。
「そして親が生きているときに、子として誇れる何の大事もなさず、ただこうしてむなしく日々を送ってきました……」
いまだに親の期待にこたえる何ごともなし得ないで、ただ何もせず日々を過ごしてきた自分を天に恥じ、悔やみ、責めるのでした。
「誇れる何の大事もなさず」
と、はらわたがちぎれるほどつらい思いに苦しんでいます。 凡人から見れば、神医が「大事」でなくて一体なんでしょう。嫉妬した医者たちが、経彦を陥れようと町奉行に訴え出たことをみても、それは明らかです。しかし、そこに甘んじるかどうかは、結局、志の問題ということになるでしょうか。人生は、決して志を超えることはありません。もし人生が志を超えたとすれば、それは過度な成功ではなく、志の方が低いのです。志は高くかかげ、それに到達しようと努力するところに人間としての価値があります。
経彦にとって志とは、神医になることではなく、古神道の再興にほかなりませんでした。神医は、その過程にある仮の姿にすぎない以上、名声に満足するはずもありませんでした。
師匠の死によって、経彦は「義」から自由になりました。母の死によって「情」からもとき放たれました。束縛の一切を断ち切った経彦は、歯ぎしりしながら夢見た飛翔の秋を迎えたことになります。
しかし、活躍の機会をじっと待ちながら十年を過ごすうちに、足は地に生え、羽ばたくべき羽根は萎えてしまったようです。「母」という人生の目標を失った経彦は、嘆き、悲しみ、夜、軒を吹き抜ける風の音にも母と過ごした昔の日々をしのんで枕をぬらすのでした。
親の意にそった大事をいまだになし得ていない――。相反する感情が交錯するなかで経彦は苦しんでいました。
この時、経彦はすでに三十二歳になっていました。
陰火の噂
佐陀子の五十日の霊祭が過ぎたころから、徳力村に妙な噂が立ち始めました。
墓地に陰火(人魂)が出るというのです。
田舎の村にこうした話はつきものですが、目撃者が相次ぐのは珍しいことでした。
発端は、子どもたちの肝試しでした。
肝試しの方法は、まず一番手が手ぬぐいを墓地まで持って行って置いて帰り、次の少年がそれを取って帰り、さらにまた次の子がその手ぬぐいを置きに行くというリレー形式です。墓地まで五百メートルほどの山道は、昼でも暗い鬱蒼(多くの草木がよく茂っている様子)とした杉林になっていて、大人でさえ例えば枯れススキにも腰を抜かすような、そんな場所でした。
紫川の橋に集まった子どもたちは十二、三人だったでしょうか。一番手は、大三郎という十六歳になる最年長のガキ大将です。
「じゃ、行ってくらあ」
と、不敵な笑みを浮かべ、手ぬぐいのはしを持ってぐるぐる振り回しながら歩き出しました。
残った子どもたちは、みな一様に青い顔をして、暗闇に吸い込まれて行く大三郎の背をじっと注意深く見つめています。
肝試しは、だれかが怖じ気づいた時点で終わりになりますが、去年の夏は、大三郎に続く二番手の音松が途中で逃げて帰ってきました。順番を待っていた残りの連中は、心の中でほっとしながらも、
「この弱虫野郎! チンポコがついているかどうか確かめてやる」
と口々に叫び、音松を丸裸にしてから紫川に放り込んだのでした。
この一年、音松は憶病者として、ことあるごとにバカにされてきましたが、さて今回、新たな犠牲者はだれになるか……。少年たちの顔に、緊張の色はかくせませんでした。
順番は本来クジ引きで決めるものですが、今年もまた大三郎が一番手をつとめたのは、ガキ大将としてのプライドから名乗り出たものです。
大三郎が闇に消えて、一、二分ほどたったでしょうか。突然、暗闇の中で、
「ギャーッ!」
という切り裂くような叫び声がしたかと思うと、大三郎が血相を変え、つんのめりながら、
「で、出た! ひ、ひ、人魂だ!」
と逃げ帰ってきたのです。
「ワーッ!」
少年たちは先を競うように一目散に村に向かって駆け出したのでした。
村人たちは笑いましたが、人魂を見たという目撃者が相次ぐにつれ、「ひょっとして、異人が門司から侵入して来て、隠れているのかもしれん」
という声がおこりました。
前年は下関が四カ国艦隊に砲撃されており、時節がら、ありそうな話でした。