平成14年11月(2002−11)
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「世のため、人のため」
経 彦 さ ま 伝
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翌朝から、経彦の家の門は閉ざされました。
「先生! お願いです、診てください」
と、すがるように頼む声が、朝から晩まで途切れることはありませんでした。
それが一週間続きました。
そして、すがるように頼む声は、ののしりに変わりました。
「どうして診てくださらないんだ?」
「百姓は銭にならないからじゃないか」
「へぇ、エラくなったもんだ」
「なにが神医だい、なにが皇国医道だい」
悪評が一気に吹き出すのだから、大衆とは残酷なものです。
恩人も一夜にして極悪人になれば、極悪人も一夜にして恩人になります。それが、自分の身を一番に考える大衆の怖さでした。
それでも経彦は動じることなく、強い意志をもって執筆に専念しました。
すでに経彦のもとには、経彦を心から尊敬する門人が何人も集まっていましたが、悪評にたまりかねたのは彼らです。
「なぜ治療してあげないんですか。執筆も大切でしょうが、目の前で苦しんでいる人々を救うことこそ急いですべき仕事ではないのですか。私は佐野の門下生であるというだけで、つばを吐きかけられました」
と、泣きながら訴えるのでした。
しかし、経彦は、だまって首を横に振るばかりでした。「短きつるべを以て、深井の水はくめず」――。満々と澄み切った水をたたえる深い井戸の水をくみ上げるには、それ相応の長さのつるべが必要です。いまだに短いつるべである彼らに、話して聞かせたところで、経彦の志の深さを知ることは不可能だったでしょう。
「男は名こそ惜しめ」
という言葉があります。
名に恥じない行動をしなさい、という意味です。
武士の生き方がこれにあたり、名に恥ずべき風評がたてば命をかけて汚名を除こうとします。
これも潔い生き方です。
しかし経彦の場合は、こうした生き方の正反対にあります。風評などまったく気にしません。名に恥じようが、汚名を着せられようが、これぞと誓った信念をつらぬく生き方です。前者が、 「過程」に全人格の評価を求めるものとすれば、後者は「最終結果」に評価をゆだねる生き方と言ったらいいでしょうか。
どちらを良しとするかは、それぞれの人生観によりますが、最終結果が出るまで評価が定まらないというのは、それだけ活躍の機会をじっと待つ期間が長いということでもあります。凡人にはできない生き方です。
経彦に直訴する門人を見て、小倉城下の漢学者が、
「対牛弾琴じゃわい」
と冷やかしました。
牛に向かって琴を弾く――という意味で、牛の耳に琴の音は聞こえてはいるけれども、その調べが耳に合わないとからかったのです。この漢学者もまた、経彦の真意をはかることのできない『短きつるべ』だったのでしょう。しかし経彦にしてみれば、琴の調べがあまりにも低級すぎて、とても聞く気にはなれなかったのです。
不眠の執筆
正式に塾を開いたわけではありませんでしたが、経彦を心から尊敬する門人たちが集まり、折にふれて教えを受けていました。
経彦の身の回りの世話は、門人の奥さんたちが交代で行いました。大志ある人間に「生活」がついてまわるようでは、およそ天下に立つことなどできはしません。なぜなら「生活」は、日々、一生のものであり、これは犬も猫も同じで、それ自体に意味があるわけではないからです。
門人の一人に箕田清がいました。四十半ばの農民で、この四月から、彼の妻の秀子が住み込みで経彦の世話にあたっていました。
ある午後のことです。
いつものように経彦の家にやってきた箕田が、妻の浮かない顔を見て、
「どうした、具合でも悪いのか」 と尋ねました。
「いえね、あんた」
と秀子が応えます。
「あたしには、どうしても合点のいかないことがあるんだけど」
「難しい話はごめんだぜ」
「経彦先生のことだよ。いつ見てもお勉強をしてらっしゃるんだけど、いつお休みになっていらっしゃるのかと、あたしにはそれが不思議でしようがないんだけどね」
「フーム……」
この時期の経彦は、布団に横になることはまったくないと言ってもいいほどでした。夜通し書き物をして、明け方、机にもたれてまどろむ程度でした。
よくあさ つねひこ いえ もん
と
せんせい ねが み
たの こえ
あさ ばん と ぎ
いっしゅうかんつづ
たの
こえ か
み
ひゃくしょう ぜに
しん い こう
こく い どう
あくひょう いっ き ふ だ
たいしゅう ざんこく
おんじん いち や ごくあくにん
ごくあくにん いち や
おんじん じ
ぶん み いちばん かんが たいしゅう こわ
つねひこ どう
つよ い し しっぴつ
せんねん
つねひこ つね
ひこ こころ そんけい もんじん なん
にん あつ あく
ひょう かれ
ち りょう
しっぴつ たいせつ
め まえ くる ひとびと
すく いそ し
ごと わたし さ
の もん か せい
は
な うった
つねひこ
くび よこ ふ
みじか もっ しんせい
みず まんまん す
き みず ふか い
ど みず あ
そうおう なが ひつよう
みじか
かれ はな き
つねひこ こころざし ふか
し ふ か のう
おとこ な お
こと ば
な は こうどう
い み
ぶ し い かた
な は ふうひょう いのち
お めい のぞ
いさぎよ い かた
つねひこ ば あい
い かた せいはんたい
ふうひょう き
な は お めい き
ちか
しんねん い かた
ぜんしゃ か てい ぜんじんかく ひょう か
もと こうしゃ
さいしゅうけっ か ひょう か い
かた い
よ
じんせいかん
さいしゅうけっ か で ひょう か さだ
かつやく き かい ま き
かん なが
ぼんじん い
かた
つねひこ じき そ もんじん み
こ くらじょう か かんがくしゃ
たいぎゅうだんきん
ひ
うし む こと ひ
い み うし みみ こと ね
き
しら みみ あ
かんがくしゃ
つねひこ しん い
みじか
つね
ひこ こと しら
ていきゅう き
き
ふ みん しっぴつ
せいしき じゅく ひら
つねひこ こころ
そんけい もんじん あつ おり
おし う
つねひこ み まわ せ わ
もんじん おく こうたい おこな
たい し にんげん せい
かつ
てん か た
せい
かつ ひ び いっ しょう
いぬ ねこ おな
じ たい い み
もんじん ひとり み の だきよし
よんじゅうなか のうみん
し がつ かれ つま ひで こ
す こ つねひこ せ わ
ご ご
つねひこ いえ
みのだ つま う
かお み
ぐ あい わる
たず
ひで こ こた
がってん
むずか はなし
つねひこせんせい
み べんきょう
やす
ふ し ぎ
じ き つねひこ ふ とん よこ
い
よ どお か もの あ がた
つくえ てい ど