(おのづ)(から)(みち) 414 管長 (かんなぎ)()(さち)(ひこ)

悟り・仏教の(くう)道教の(たお)と神道の(まこと) 3/5

           (()(きょう)(かい)は、一連の題が終了後再開)

(古神道・神理教を“(ほん)(きょう)”と記します)

道教の(たお)

(ろう)()(そう)()

老子

『しんめいP』氏はありのままでいいと言う人は、実は幸福な人や金持ちが多く、その言葉が信用出来ないと思っているそうです。

 しかし、老子の生き方が、思想家として仙人のようにただ座っているだけなのを知り、強い説得力を感じたそうです。

・莊子

 (そう)()道教の始祖の一人とされますが、基本的に『P』氏と同じ無職の哲学者であるからこそ、強い説得力を感じたそうです。

(たお)とは何か

老子の道徳経

P』氏は先ず、老子の唯一の本『道徳経』の『(たお)の道とすべきは、(つね)の道に(あら)ず。1章』を提示します。

 その意味は、(たお)という言葉を口にすると、もう道ではない、ということで、『P』氏には深い言葉に感じられるそうです。更に、

『これを見れども見えず・()けども聞こえず・(しば)れども得ず。14章』として見えない・聞こえない・()らえられない、とします。

 そして、『(つめ)(いた)すべからず。』を解釈して、(たお)はとうてい計り知れないものである(=こんな思想だと決られない)、と説明しています。

 従って、(たお)つかみどころが無い、それ故に、全ての存在を生み出すという計り知れないパワーを持っている、と(とら)えるそうです。

 又、『名あるは、万物の母なり。1章』を解釈して、名前が有るとき、(たお)は万物の母であるとし、万物の母をすごい言葉としています。

 私にはこの辺りを理解出来ませんが、『P』氏は感覚として捉えているのでしょう。

・仏教と道教の違い2/3

 釈迦龍樹は厳密な言葉で語り、老子はぼやっとした言葉で語るとし、(たお)の良さは解釈が自由なところとします。

P』氏はその読者に、分からなくても深いな、という気分になれば、それでOKと伝えています。

・莊子の(たお)の哲学

 莊子(たお)の哲学を発展させて、この世界は夢かも知れない、と考えたそうです。

 莊子の文章で一番有名という、()(ちょう)(=(ちょう)(ちょ))の夢の、全文たった62文字の例え話の紹介がありました。それは、

『昔、莊子が夢で蝶々になって、自分が莊子であることを忘れた。

 目が覚めて、自分が莊子であることに気付いた。

 そこで思ったのは、莊子が蝶々の夢を見ていたのか、それとも今、蝶々が莊子になった夢を見ているのか、(こん)(ぜん)となった。

 こうした感じで、莊子と蝶々という全く違った物に変化してゆくものなのだ。』

P』氏はこれを解釈して、

『全ての母である(たお)の前では、現実も夢も同じようなもので、自分と思っている物も世界と思っている物もどんどん変化する。

 これが現実だ、と言えるものは存在しなくて、実は僕らは夢から夢を渡り歩いているかも知れない。』というのです。

 確かに私も、小学生くらいまでは、おもちゃの兵隊のように、(ひな)(にん)(ぎょう)は人がいなくなると動き出すのでは、と思っていました。

 また、中学生くらいまで、自分がいなくなれ(=死ね)ば、世界は無くなるのではと考えていた時代があります。

 自分が雛人形と友達になれないかと隠れて動くのを待ったり、目をつぶって周囲の世界の有無を確かめたりしていたものです。

 本当のところは証明出来ないでしょうが、短い?経験値からどうもそんな事はない、と教えられた気がしています。

P』氏が紹介する(たお)の感覚は、人生のヒントとして理解出来ますが、それを全ての人の幸福に応用できるとは思えません。

 しかし、想像をたくましくし、その世界に(ひた)ることで安心出来、救われる人もいるのでしょう。

 読者の皆様には、是等を比較して、自分の立ち位置を決められればと思います。

・仏教と道教の違い3/3

P』氏は、

『この世界を(まぼろし)()る仏教の(くう)と、この世界をと観る道教の(たお)は、似ている。

 しかし、(たお)の哲学が(すご)いのはここからで、(くう)は現実世界のあらゆる価値観を否定するが、(たお)は現実世界での勝ち方を教えてくれる。』

 それは老子の道徳経に

『無事を持って天下を取る。57天下の()(じゅう)は、天下の()(けん)()(てい)す。43

 海は百谷の王66章』

P』氏はこれを解釈して、

『小細工をせず、ありのままでいれば、天下を取れる。57

 世界で最も柔らかいものが、世界で最も堅いものを支配する。43

 は何もせず、柔らかで一番低い処にいて全て受け入れる。

 もし海を滅ぼして困るのは、堅くて高い処にいる存在である。

 つまり敵がいない、即ち無敵である。66章』としています。

 そして、(たお)の哲学はスケールが大きく、『勝つ』に対しても、次元の違う答えを出してくれる、としています。それを次に分かり易く、具体化するとしています。

(たお)を活かし、現代社会で勝つ方法

P』氏は、老子の道徳経を引用して、

()して(しか)(たの)まず。51』を解釈し、

『偉大なことをするが、それを誇ることがない』としています。また、

『それを、自分でも気付かないままに実行するタオピスト((たお)(つか)())が、少数ながら現実の世界に見受けられる。

 それは、例えば(こん)(かつ)の現場で、地味で強みも無く普通の人なのに、何か感じが良く、すぐに良い人を見つけて()(だつ)してゆく。

 そうしたタオピストは視野が広く、相手に上下のレッテルを貼らず、ありのままを観ているし、自分がありのままである。

 婚活の場に来ても、そこはフィクション(虚構)のように感じているから、(かた)(ひじ)を張らず、正にありのままである。     (つづく)

令和7年5月号 No.1335  2025-5
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