(おのず)(から)(みち) 323 管長 (かんなぎ)()(さち)(ひこ)

()(きょう)(かい)(じゅっ)()(じょう)((りゃっ)(かい)(しょう)(かい))22

  (古神道・神理教を“(ほん)(きょう)”と記します)

第二条祖恩を忘るゝことなかれ5

6)正しい祖先祀りの続き

*祖霊の祀り方・心得

(筆者付加→この6)項で説いているのは、人の祖先は、決して一神教やその他の人造教が教える神や仏ではないという事実です。

 ユダヤ・キリスト・イスラム等の一神教は、人は神が泥から造ったと教えます。

 仏教は、高僧との(けち)(えん)を無理に(つな)げようとしても、神仏と人との(けつ)(えん)を説いていません。

 神は、親・祖先の元の大自然・宇宙、人類源初の祖先であることへの、再認識を(うなが)しているのです。そこで例えば、祖先を祀るのは仏壇などではなく、祖先の大元である天在諸神を祀る神棚を通す方の自然さを伝えています。

*宗旨が神道以外の家庭

 この小見出しでは、宗旨が本教、或は神道以外でも、本教、或は神道を信仰する人の、先祖祀りの心得についてお話しします。

 宗旨が本教、或は神道の家は、神殿・()(れい)(しゃ)があるので、問題はありません。

 しかし、現代の日本人の九割以上を占めるという仏教等、宗旨が神道以外の人が先祖を拝礼する時にはどうしたらよいでしょうか。

 日本人本来の習俗である、敬神尊祖を伝える本教、或は神道を信仰する人はどうすべきか。

 ご自分の御先祖の清浄・霊魂の安定と、その御加護を祈るにはどう考え、具体的にどうするのが良いのでしょう。

 宗旨を本教、或は神道に戻し、神式で行うのが一番ですが、急には整理がつかないでしょう。

 宗旨を日本人の本来の宗旨である本教に帰し、人間本来の信仰形態に戻すのは、目指すべきところではあります。

 しかし、諸家にはそれぞれ(多くは寺請制度により強要された歴史を忘れ、先祖が決めたと勘違いしている等の)事情があります。

 理解の行き届かないまま、宗旨が仏教の家の人に帰教・改宗を勧めたり、仏式の供養を止めるように話すのも適切とは思えません。

 先ず、神棚の天在諸神に行う、御先祖の霊魂安定の祈り・祭を第一義とすることです。

 そこで、多くの家にある神棚に目を向けます。

 もし神棚が無ければ求め、出来れば本教の御神璽・御札をお鎮めし、大元の先祖である天在諸神に、御先祖の霊魂安定を祈ることです。

 神殿は、仏壇などと比べ、少々良いものを求めても、そんなに高価ではありません。

 神殿を出来れば少し大きく深い、天在諸神の御神璽も入るようにし、神を通じて御先祖のお祀りをされては如何でしょうか。必ず、御先祖にその思いが通じ、御先祖の霊魂が清まって安らぎ、その守護を戴かれることでしょう。

*分家の家庭の()(れい)(しゃ)・墓

 例えば皆様の家の長男がその家と父母を始め、御先祖を守っているとして、その男性兄弟はどうされていることでしょう。

 分家をし、別の場所で家族と住まれていて神殿が無い、と聞くことがあります。

 教徒(宗旨が本教)でも、本家でない兄弟の家に、神棚が有っても御先祖の(れい)()が無い家は(どちらも無い家も)、結構多いように感じます。

 無い理由として、先祖は、本家或は兄弟の家に祀っているから我が家には先祖がいない・無くて良い、と思われているようです。

 本家或は兄弟が先祖をお守りしているから、自分はしなくても良い、と考えるようなのです。

 けれども、本家などでお祀りしているとしても、神棚が無くして、普段はいつどのようにして、先祖に祈りご挨拶をしているのでしょうか。

 手法としては(よう)(はい)(離れていても本家などの方を向いて手を合わせる)がありますが、それは、旅行などの時に行うものです。

 やはり、信仰心のある人は自家の神棚を通じて祈り、本教の教徒は祖霊舎に天在諸神の御神璽と先祖の(れい)()を鎮めて祈るのが良いのです。

 霊璽とは、仏教の位牌の様なもので、家名又は故人の姓名と霊名を書き込んだものです。

 但し、本家などに例えば父母の霊璽がある場合は、家名の霊璽を鎮め、それを通じて父母など、個人の霊魂へ祈りを捧げます。

 個人名の霊璽を別々に造り置くのは、分骨と同じで、故人をどちらの家に居た方が良いのか迷わせることになり、止めるべきです。

 家名の霊璽には、奇魂が兄弟それぞれの家門に別れて鎮まるとされますから、同じ家名を持つ兄弟に分けるのは良いのです。

 それは、兄弟が新しく一家を創りお墓を建てるとき、骨を分けるのではなく、本家の墓の土を分けて貰うのと同じ考え方です。

*分家の先祖祀り

 分家には、祖父祖母等の個人の霊璽が無くとも、祭祀は普段通りに行います。

 即ち神酒・米・塩などをお供えし、水やお茶を出来れば毎日替えてお祈りします。霊祭は、本家或は本院や教会で一緒に行うのが良いのですが、色んな事情で出来ない場合があります。

 その時、距離は離れていても、先ほどの遙拝を、出来れば祭の時間に、家の祖霊舎の前に進んで行うことも出来ます。また、ご家庭の祖霊舎に祭官を招いて、別に行う事も出来ます。

 これらは、宗旨が本教でなくとも、信仰者であれば行い、家族が一層御先祖との繋がりを深くすることで、徳を戴くことになるのです。

 親と子が毎日の挨拶・声()を掛けあうのが、安らぎのある家庭であるように、毎日神棚を通じて先祖に手を合わせることが大事です。

*運勢回天の手法の一つ

 筆者が教徒の家の霊祭に(うかが)った時、朝晩祖霊舎に手を合わせるという方がおられました。

 そのきっかけは、周囲の人からよく、

「あなたは運がわるいね」と言われ不安になり、それを御先祖に報告したのが始めで、それが習慣になったそうです。

 その結果、段々と不安が安心に変わってきた、ということでした。そして、

「いつも祖先と共にあり、祖先に見守られているという安心感が、今の自分を支えているのでしょう」と言われました。

 精神的な安心感もあるのでしょうし、本当に神祖のお守りがあっての安心感だと、筆者は思います。

 宗旨が本教である教徒の方もそのご兄弟も、また、宗旨が違っても本教を信仰される方も、是非、神棚と共に祖霊舎をお祀りください。

*祭祀の形

 三社神殿の中央に天在諸神、向かって右側に神宮や(うぶ)(すな)(じん)(じゃ)(しん)(さつ)、そして左側に、御先祖の霊璽をお鎮めすれば完了です。

 神と御先祖が、必ずいつも私達の周囲で、微笑みながらより強くお守りくだされることと信じます。

 日本人が古来行って来た自然の形です。)

    第二条6)正しいの祖先祀り(おわり)

平成29年11月号 No.1245  2017-11